リユニオン

リユニオン2024

久しぶりにJCCPリユニオンを5月11日に東京駅近くの THE R.C. GATE という英国風のパブで開催することが出来ました。幸いにもこの店を貸し切りにして頂くことが出来、30人用の奥の部屋を使うことができました。高橋ご夫妻に讃美歌を演奏していただく予定でしたので貸し切りにしていただき他の人に遠慮せず歌うことが出来良かったです。
参加者(敬称略)は 松野真理、柴川悦子、福嶌知恵子、岡真、太田雅貴、山田壽郎・葉子、高橋保夫・奈緒子、須永 隆・久美、榎本淳子、Sharon Emiko Ronan、宮本努・やより でした。いつも出席して下さる岡安さん夫妻はエミさんの出産立ち会いでNorwayに滞在中で欠席でした。また大塚さんの紹介で、以前石垣島にお住まいで、今は横田基地でご主人がチャプレンをしておられるSharonさんも参加してくださいました。
会場は12時のオープンの予定でしたが、皆さん12時前にかなりの方が店の前に集まり始め、結構な人だかりになりました。通行のじゃまになるのではないか、と心配しましたが、店の方が少し早めに開いてくださったので始まる前に皆さんお互いに挨拶することが出来て良かったです。

最初に柴川悦子さんに食事のお祈りをして頂き会は始まりました。悦子さんは90歳を超えられておられるので心配しましたが、とてもお元気で足取りもしっかりとおいでになりました。最初に松野真理さんに挨拶していただいたあと、皆さん順番に自己紹介や近況報告をおこなって頂きました。
食後に “高橋保夫・奈緒子さんによるバイオリン伴奏があり、また皆さんで讃美歌「輝く日を仰ぐとき」を賛美しました。

お別れする前に。松野さんの今後のフィラデルフィアにおけるこれからのお働きのために、みんなで肩に手を置いてお祈りしてから閉会しました。閉会した後も二つのグループに分かれて二次会を楽しみ祝福された時を過ごすことができました。

皆さんのご希望もあり(特に今回欠席された岡安夫妻)次回は2年後に開催する予定です。今回健康上の理由やその他の都合で欠席された方もおられましたのでその方々も次回は出席できますようにお祈りします。

写真をクリックすると松野さんの写真サイトに移動します。

リユニオン2022

コロナのためズームでのリユニオンでした。でもそれでフィラの方も参加してくださり、良いリユニオンとなりました。感謝

フィラデルフィア日本支部リユニオン

皆様お元気でお過ごしですか?
久しぶりに日本支部のリユニオンを開催します。
多くの方に参加していただいて楽しいひと時が過ごせますようにお祈りします。

開催日: 7月18日(月曜日)
時刻:  フィラの方も参加されますので午前10時といたします。
時間:  2時間程度(Zoomの1セッション40分、2又は3セッション行います。
開始時刻は決めますが、開催中は途中参加も退出も自由です

次第
初めにメリー牧師に挨拶をしていただきます。
お祈り(大塚長老)
讃美歌312番 「いつくしみふかき」
https://www.youtube.com/watch?v=0kKKD3f7v_c (3:07)
簡単な自己紹介と皆様からのご挨拶 ー アメリカから参加される方から始めます
高橋保夫、奈緒子さん 演奏 
https://youtu.be/epwq0BlenG4 (4:20)
このグノーのアヴェマリアは私を洗礼に導いた曲で、事ある度に証しとセットで奈緒子と演奏する機会が多い楽曲です。今から30年前、JCCPにおいて藤原康子さんの洗礼式で奈緒子と演奏しました。それがきっかけで私の洗礼を後押ししてくれたのがご主人の藤原満博さんでした。その後、間もなく私と藤原さんは共に洗礼を授かりました🎵(保夫)
ハレルヤ🍀
皆様からのご挨拶 ー (一人3分程度、参加人数にもよりますが)
讃美歌405番 「かみともにいまして」
https://www.youtube.com/watch?v=tZpZUyB6Whs (3:00 /再生速度0.85)
お祈り
閉会
以上です。
楽しい時が与えられますようにお祈りします。

ZOOM情報
JCCP Reunion
時間: 2022年7月18日 10:00 AM 大阪、札幌、東京
Zoomミーティングに参加するにはこのURLから以下のIDとパスコードで入れます。

出席者名
メリー牧師
太田 雅貴・良枝
岡安 隆一・Martha
岡 真
岡  紘
柴川 悦子
高橋 保夫・奈緒子
山田 嘉郎・葉子
くずめよし
宮本 努・やより
吉岡 陽子
渡辺 のゆり
須永 隆 ・久美
藤井 直彦 ・靖子・光汰(こうた)・颯汰(そうた)
大下 陽子
宇田川 雅彦
まゆみ・Studer

リユニオン2020

4月30日(月曜日)にメリー先生をお迎えしてJCCPリユニオンが開催されました。天候にも恵まれ、28名の方が全国から参加してくださりとても楽しい、祝福された時を過ごすことができました。
はじめに柴川悦子さんよりメリー先生を歓迎するお言葉を頂き、続いて岡安隆一さんのお祈りによって食事がはじまりました。
メリー先生からは、ウィリアムペンがインディアンとの協定を結んだ時の場面を描いたヒックスの絵を用いて、フィラデルフィアが兄弟愛と平等の精神に基づいて作られたとのお話しがありました。文化や人種の異なる人々が平和にそして幸せに暮らすということの大切さを学びました。
また先生からはフィラデルフィアと日本に関する大変興味深い本やマッチ箱に入った可愛いフィラの街並みの模型のプレゼントがありました。出席者の中で一番最初にそして最後にフィラに行った人や一番長くフィラにいた人などにプレゼントして下さいました。
そのあと皆さんに一言ずつお話しいただきましたが、皆さんのこれまでの歩みに聖霊様が豊かに恵みを注いでくださっていたことが感じられる、楽しい団らんのひと時でした。
そして、くずめよしさんのお祈りで2時間半のリユニオンを閉じました。
最後のグループ写真撮影で、会場のスタッフの青年がシャッターを押すときにチーズと言う代わりに“ハレルヤ”と言ったのには皆さん爆笑されました。聖霊の働きにハレルヤ!
会が終わった後も名残が尽きず、希望者で近くのコーヒーショップでさらにメリー先生を囲んでの二次会でも盛り上がりました。先生と皆さんがラインのフルフルでつながり写真も共有しました。
遠くから近くから参加してくださった皆様に、そしてすべてのことを恵みのうちに終えさせて下さった神様に感謝します。

Reunion2016

日本支部リユニオン開催のご報告
宮本努・やより

 晴天に恵まれた5月5日に二年に一度のリユニオンを開催いたしました。ゴールデンウィーク中でしたが23名の方が出席してくださり、大変恵まれたひとときを皆さんと過ごすことが出来ましたことをご報告すると共に主の導きと祝福を感謝します。

はじめに、元牧師夫人の柴川悦子姉に、熊本地震で被災された方々、特にメリー牧師ともゆかりがあり、被害に遭われた益城町の豊世牧師と娘さんのためにお祈りを捧げて頂きました。今回は以前使っていた丸の内のレストランの場所が変わってしまったため、銀座にある The Garden というパーティー会場で開催することになり、どうなるか心配しましたが、初めての方やお久し振りの方達も多く来ていただき賑やかな、楽しい会となりました。

また今回初めていて頂いた船本先生には、私達の知らない時代の、亡くなられた敬愛するハントさんと達との聖書会の興味深い、心が熱くなるお話をして頂きとても感謝しています。先生のお話を通して、日本人教会が私達の教会の先輩の方々が神様に導かれて熱い信仰と御言葉への餓え渇きをもって歩まれたことを改めて知り感動いたしました。

船本先生にはお忙しい中、お話の原稿も御願いし、書いて頂きましたので合わせて掲載させて頂きます。

短い時間でしたが、お一人お一人にもお話をして頂くことができました。神様がフィラデルフィアで、そして日本で時間と空間を超えて皆様の人生の歩みを導かれ、祝福されたことを証してくださいました。主に感謝し主をほめ讃えます。
私達は日頃それぞれの生活があり、なかなか会うこともできませんが、フィラデルフィアで主との出会い、交わりを通して繋がり、このように神様の手による絆で結ばれていることを心から味合うことが出来ましたことは言葉に言い表せない喜びでした。

リユニオンの最後には、くずめ よしさんに近況をお話しして頂き祝祷をもって会を終えました。

感謝

「フィラデルフィア日本人聖書会」、「フィラデルフィア日本人教会」との出会い
関西学院大学名誉教授・東京女子大学元学長
船本 弘毅

わたしは1962年7月から1964年8月にかけての2年間、ニューヨークにあるユニオン神学大学に留学しました。1962年の秋、ニューヨークの留学生活が始まったばかりの頃でしたが、かつてラクアー伝道と呼ばれたラクアー牧師が主導され、戦後の傷跡からまだ立ち直っていない日本のキリスト教界を助けるため、アメリカの有力牧師達を夏休みの2ヶ月を捧げて日本の各地に教会を建てるために派遣するというプロジェクトに参加し、大阪の大正区で良い働きをされたヘンリー・ニコルス牧師(参考資料をご覧下さい)をその牧されるフィラデルフィアのAfrican American Churchに訪問しました。

フィラデルフィアではその3年前、三根さんというクリスチャンがハントさん、メイソンさん、グリーンさんの3人と聖書研究会を始められました。三根さんはリンカーン大学で学びFirst African Presbytery Churchに出席しておられたそうです。しかし三根さんが日本に帰国されたので、ハントさん達は今後のことで相談し助けを求めて、たまたま、私がニコルス先生の教会を訪ねたその日にハントさんもこの教会にやってこられたのでした。こうして全く思いがけなく、ハントさん達と私は出会いました。

「フィラデルフィア日本人聖書会」を助けて欲しいという強い要請を受けた時、私はまだ日本から来たばかりでアメリカの生活に慣れていないこと、フィラデルフィアとニューヨークは決して近くないこと、そしてなにより当時、世界中から神学者・神学生を集めていたユニオン神学校はその学問的レベルの高さと神学教育の厳しさで有名でしたから、時間的にも精神的にも聖書会をたすける余裕はないと思いましたが、彼女たちの熱意に否と言うことが出来ず、またその出会いには神の導きがあったことを感じ、引き受けることにしました。
そして毎月一回土曜日の夕方、First African Presbytery Churchの地下の一室を借りて聖書研究会をいたしました。出席者は毎回15名から20名位になり、その熱心なみことばへの渇きには圧倒される思いでした。

アメリカの鉄道は日本のJRのように正確ではありませんでしたから、集会を終えてニューヨークに帰って来たのは真夜中、冬になると雪のため、午前3時頃ようやく帰って来ると言うこともしばしばでした。しかし苦しい生活の中で、この会の交わりでお互いに助け合い、心を温められ、聖書のメッセージが1ヶ月の生活の指針となっている皆様との交わりの中で、わたしはユニオンでの神学的学びと共に、大きな豊かな学びと恵みを与えられたと思っています。
この「フィラデルフィア日本人聖書会」は1970年頃にフィラデルフィア日本人教会(JCCP)に合流し発展していったのは大きな喜びです。

1985年から86年、ダラスにある南メソジスト大学(SMU)に客員教授として渡米いたしましたが、その時にフィラデルフィア日本人教会を訪ね、礼拝説教をさせて頂き、教会の皆様、特にハントさん達、かつての日本人聖書会の方たちとお会いできたことは忘れることの出来ない喜びでした。またメンバーの中の数人の方が日本に旅行者として帰ってこられたとき、開拓伝道で始めた私達の大阪の高槻教会に宿泊して、礼拝に出席して下さったことも良い思い出になっています。

フィラデルフィア日本人教会(JCCP)が今後も良い働きを続けられるように心からお祈りしています。またリユニオンの会が続けられることを願っています。宮本努様、やより様のお働きに感謝申し上げます。

2016年5月18日

参考資料;Rev. Henry H. Nichols; ‘Conscience Of Phila.’ http://articles.philly.com/1992-11-18/news/26008539_1_nichols-pastor-emeritus-president-peter-j-liacouras

三根 利夫

2015年8月31日18:45

私は有吉さんと同じ年の生まれです。昭和32年に渡米留学して、フィラデルフィアの黒人教会が運営するコミュニティーセンターで黒人とプエルトリコ人の子供を教えていました。その頃、主に黒人兵と結婚して渡米したいわゆる「戦争花嫁」の人たちの相談者として働きましたので、「非色」に出て来る人たちの生活は実感として理解できます。有吉さんは短い期間の経験をもとにあの本を書いたのですが、天才的な深い洞察力のある方であることがよく分かります。

三根利夫プロフィール

・1931年(昭和6年)東京に生まれる。北九州の小倉中学、小倉高校を卒業。
・山口大学文理学部英米文学科で学ぶ。
・山口市在住中に米人宣教師グラブス師の宣教師館に住み、Henry Van  Dykeの作品について学び、文化人類学者のスマイス教授の薫陶を受ける。
・大学卒業後、北九州市立菊陵中学、山口県立宇部高等学校で英語を教える。
・1957年に渡米し米国リンカーン大学神学部、ランカスター神学大学院で学ぶ。在学中及び卒業後、フィラデルフィア市の第一アフリカン長老教会教育主事として教会学校の統括の仕事をするかたわら黒人、プエルトリコ人社会での公民館教育に携わる。また、米国人と結婚している日本人のための日本聖書会を設立する。
・1963年に帰国し、宇部工業高等専門学校、下関水産大学校、宇部短期大学、九州国際大学、西南女学院短期大学(非常勤)、下関市立大学(非常勤)等で英語・米文学を教え、その間、宇部興産株式会社本社、鉄工所、窒素工場、セントラル硝子、協和発酵等で英会話を教える。
・1971年(昭和49年)に英語教育センターを設立し現在に至る。
・家族:妻 里美(宇部フロンティア大学短期大学部講師)、長男 ジェイム・力(歯科技工士、英語教育センター(ゲズンハイト英語教室)英語・数学講師)
・専門分野: ①キリスト教神学・教育学
        ②アメリカ黒人文学
           Langston Hughes, James Baldwin研究
        ③英語会話
        ④歯科(インプラント)通訳・翻訳
・趣味:写真、スキンダイビング、執筆

関西学院中学部第一回生同窓会便り(2016/05/01)
五十年前のパスポート・その五
大林 浩

2013/03/01 : 更新
ペン大での二年目から、私たちの予定に新しく加えられたものが、もう一つある。アメリカへ同じ船で渡り、別々に大陸横断をした後、ニューヨークで再会したが、それ以来二年間会っていなかった船本弘毅君から連絡があった。いつから始められたのか知らないが、船本君は、ニューヨークからこのフィラデルフィアへ毎週一回通って、聖書集会をしてきておられた。ユニオン神学校での留学を終えて、今回帰国するので、その集会を引き継いでくれないかという申し出であった。その最後の集会に、船本夫人も日本から加わって出席され、私を後任にと、紹介して下さった。それはフィラデルフィア在住の日本婦人たちで、朝鮮戦線での日本駐屯から帰国していたアメリカ軍人の奥さん方であった。船本君にも前任者がおられたようだが、詳しいことは知らなかった。船本君の心こまかな指導で、奥さん方はとても熱心な方たちばかりであった。その後を引き受けるにはどんなに背伸びをしても船本君のような仕事は出来ないが、私がたまたまフィラデルフィア在住ということで、お引き受けした。これで新しい世界を垣間見ることにもなる。私が聖書研究を指導するというよりは、むしろ、我々親子三人が、そしてそれが四人、五人と増えるのだが、その奥さん方に色々お世話になると言う形で、それから学位を取るまで、いや、その後私たちがフィラデルフィアを後にして、ラトガース大学に就任してからも、その聖書研究会は長く続いた。日本人の聖書研究会ということで、その会の名は「日聖会」とよばれ、その夫人たちの多くはそれぞれフィラデルフィアのアメリカ人の教会で洗礼を受けて加わった。こうして我々の長期戦がはじまったが、その時点では永住などは考えてもいなかった。あくまでも、学位をとって日本へ帰るというのが、私の計画であった。

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